私の父は、地方都市といえども地元では老舗といわれた家業に過大なプライドを持っていて、息子の嫁には地元の名の通った家の娘さんと結婚させたい思っていたみたいです。
しかし、私の彼女は、遠く離れた離島の生まれ育ちでした。

彼女の家庭は貧乏だったので、高校を卒業すると進学することは出来ずに、働かなければなりませんでした。
彼女は自分の職業として看護師を選び、都会に出て来て看護学校に入り、看護師として働いていました。
私の父は、私がそんな彼女と結婚することに反対でした。

父のそんな考え方が分かったから、僕は商売に耐えることで父を納得させようとしました。
家業の経営状態を見てから実家に帰り、家業を継ぐことを決断すれば良かったのですが、まだ若かった僕は彼女と少しでも早く結婚する事ばかりを考え、そのためには他の手段を考えませんでした。
また、当時は現代と違い多少の苦労は有っても長男が家業を継ぐという古い考えが残っていた封建的な時代でもありました。
今から考えれば何て封建的な考えだったのだろうと思います。
何て家業を守ることしか考えない精神論者だと思います。
個人の個性を犠牲にしてでも家業を守る時代から、個人を尊重する時代に変わる変遷の時期だったと思います。

家業を頑張ることで僕の存在を認めてもらおうと思って努力しても父は中々僕たちの結婚を許してくれませんでした。

僕個人の貯金や生命保険などを全て家業に注ぎ込んで、僕の蓄えが無くなっても父に結婚を許して貰えなかった僕は、どうすることも出来なくなり、切れてしまい、
「彼女との結婚を許してくれるまで家には帰らない。」と告げて、実家を離れ、彼女と同棲していたマンションに引き籠ってしまいました。
実家を出て一週間くらいが経った頃、僕が居なくなり困った従業員は、僕の姉に連絡を取り、その結果として姉と叔父さん(父の弟)が仲裁に入ってくれました。
実家を飛び出した僕と連絡が取りたい父や姉などから彼女を守るため、僕からの電話は呼び出し音が2回なって、1回切れてから直ぐに2回目の呼び出し音が鳴ったら僕からの電話だと約束して、彼女に少しでも負担を掛からないように気を使いました。
僕と実家の間のこう着状態は続きましたが、姉と叔父さんは、何度も頑固な父に交渉してくれ、地元に定着する代わりに結婚は許してくれるという約束を父から取り付けてくれました。
僕は、彼女と結婚したいばっかりだったので、その約束を信じることにして、もう一度頑張ってみることにしました。
ところが、いざ実家に帰ってみると約束は守られず、以前と変わらない感じでのらりくらりと反対され続けました。

僕の貯金は全部使い果たし、メーカーへの支払いに困った僕は、彼女が自分の結婚資金にと貯めた貯金も借りました。
彼女の家は豊かで無かったため都会に移り住み、それぞれが仕事をして生計を立てていたので、彼女自身が結婚するための費用を親が出してくれるという事は無く、自分で働いたお金を貯金して自分の結婚費用に充てようとしていたのですが、僕はそのお金も全部使ってしまいました。

とことん困った僕は、父に、僕を取るか、家のプライドを取るかどちらかを取るように迫り、やっとのことで父から結婚の承諾を直接取ることが出来ました。
結婚式の一週間前、いつものように実家で仕事をし、父と一緒に夕食をとり、事務仕事が済んだ後、彼女から借りた450万円を彼女に返そうとして、父から借りた現金を持って彼女の待つマンションに車で向かう途中、僕は疲れから高速道路で居眠り運転をしてしまい、側壁に激突し、脳挫傷の大怪我をしました。
その時は意識が無く、後から聞いて分かったことなのですが、救急隊員が僕を救助する時に連絡先を僕に聞いたところ僕は彼女のマンションの電話番号を救急隊員に伝えたそうです。
父は最初に実家の連絡先を伝えなかったことが不満だったみたいです。

脳挫傷で鼻から髄液が出ている状態だったので、結婚式を延期するか迷ったのですが、彼女を随分長い間待たせて、彼女にも彼女のご兄弟も不安にさせて、これ以上待たせれないと思った僕は結婚式を強行することにしました。
病院から結婚式場まで病院の救急車で行き、結婚式だけ上げて、墓参りをして直ぐに救急車で病院に戻るというものでした。
顔には無数のテープを貼り、鼻から出る髄液を吸い込むと髄膜炎になるので吸い込まないようにし、鼻から出て来た髄液は拭き取るというような結婚式でした。

お金が無かった僕たちは新婚旅行も出来ませんでしたが、とにかく一緒に居れることが嬉しく新婚旅行の事はさほど気になりませんでした。
やっと、やっと、夫婦に成れたことが嬉しくて、メチャ幸せでした。

これから起こる色んな出来事や不安な事については何も考えませんでした。