人間、誰しも時間の経過と共に年齢を重ね、年を取って行きます。
今まで生きてきた人生を振り返ることは無いのでしょうか?
振り返るというと大袈裟に聞こえるかも知れませんが、誰しも思い出を持っていると思います。
誰でも迎える最期にあたって準備しておきたいことが有るのではないでしょうか?
今まで生きてきた証を整理し、これからどのように生きるかを、そして、どのように
を迎えるのかを考え、整理し、残しておくことが”終活”になるのだと思います。
今まで生きてきた証を整理することが”自分史”・・・
これからどのように生きるのかが”再構築”・・・
そして、どのような最期を迎えるのかが”エンディング”・・・
”終活”は、それらをまとめ上げたものになるのだと思います。
今、60歳の方が65歳になれば5年の時間が過ぎており、その間に色んな事が有り、物事に対する考え方も変わります。
70歳の方が75歳になれば色んな事に対する喜びの感じ方も変わって来ます。
80歳の方が85歳になれば今まで生きて来れたことに対する感謝の意味合いも変わってくると思います。
誰でもが同じように過ぎて行く時間・・・でも、その時間に対して人はそれぞれ違った感情を持つものだと思います。
また、本人も年齢と共に自分に対する考え方は変わって行きますが、年齢を重ねて行く親を見ている家族にとっても親が年齢を重ねるに従って親を見る目も変わって行くものであると思います。
これからどのように生きて行こうか、これから年老いた親とどのように接して行こうかと考える時に、基本となるのは突拍子もないビッグアイデアではなく、これまでの延長線上でより良い方法を考える事であると思います。
特別なビッグアイデアを思い付いても、年老いた親には環境の変化に対応しきれないと思います。
結局のところ落ち着くのは、これまでのことを考えたうえで実行可能なより良い方法になるのではないでしょうか・・・
今まで生きてきた人生(過去)が有るから今(現在)が有って、今の礎の先にこれから(未来)が有ります。
そのため、これからを考える上では今までどのように生きてきたかを思い起こし、振り返り、整理することが重要になってきます。
記憶という思い出に頼り、ある一時期の想い出ばかりをスポットを当てた場合、今まで生きてきた人生の過去の整理・棚卸に歪みが生まれ、これからの対応にズレが生まれる元になります。
過去を順番を追って正確に再現し、その中でこれからを考えて行くことが本当の意味での”終活”になると思います。
自分のこれからを、年老いた親との接し方を考える上で、自分の人生を写真スライドショーの映像と共に振り返ってみませんか?
あの日、あの時が、順番に”スライドショー”で甦ってきます。